2009年03月20日

歌劇「フィガロの結婚」K492より「手紙の二重唱」



映画「ショーシャンクの空に」の中の印象的なシーンで用いられた挿入曲。このシーンが来るたびに、胸が締め付けられそうな、幸せと言うか、切ないと言うか、何とも言えない気持にさせられます。

それについて私のブログ「宇宙となかよし」で取り上げたことがあるので、その箇所をご紹介します。

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この映画はいろんな名シーンがあるのですが、中でも私がとっても大好きなシーンがあります。主人公のアンディは無実の罪でショーシャンクという暴力と理不尽が横行する劣悪な監獄に入れられ、最初の方は、ホモに襲われたり、心身が落ち着かない日々が続きます。そこで元々やり手の銀行マンであったアンディは、所長や監守らに対して、節税や財テクの手伝いをするなどして取り込み、徐々に自分の世界へと環境を変えていきます。ある時、館内に図書館を作りたいため、当局に対して毎週援助申請のための手紙を書き、その願いがようやく達成されるのですが、財政支援の他に、本やレコードをたくさん寄付してもらいます。そこで一枚のレコードが目にとまり、プレイヤーに落とします。モーツァルトの「フィガロの結婚」から第三幕「手紙の二重唱」です。放送室に鍵をかけ、無断で館内にそれを流します。

このシーンは何度見ても感動します。音楽が流れるやいなや、館内の人間が一斉に空を見上げながら、音楽に聞き入るのです。驚きと恍惚の表情で。ここで語り手のレッドがこう言います。

「あの二人のイタリア人女性が何を歌っていたのかは、今もわからない。実のところ、知りたくもない。言わぬが花ってこともあるのさ(Some things are best left unsaid)。俺はこう思いたいんだ。彼女たちは、言葉に表現できないほど美しいことを歌っていて、だからこそ胸が痛くなるのだと。そうとも、あの歌声は心をしめつけた。灰色の場所にいる誰もが夢にも思わなかったほど高く、遠くへ。何か美しい鳥が、俺たちの単調で狭い檻の中に羽ばたきながら飛び込んできて、あの堀を消してしまったかのようだった・・・そして、ほんのわずかな時間−ショーシャンクの全員が自由を感じていた(every last man at Shawshank felt free)。」

と。この台詞がまた感動を誘います。実はこの台詞にはとってもニクイ話があります。「言わぬが花ってこともあるのさ」という箇所ですが、これは本当にそうなんです。「フィガロの結婚」というオペラは宮廷内のドロドロ恋愛劇を描いたもので、ここで聞かれる「手紙の二重唱」も、浮気ものの伯爵をこらしめるために、伯爵夫人が侍女のスザンヌにウソのラブレターを書かせる話です。その二人のコミカルなやり取りを歌ったものですが、決して「言葉に表現できないほど美しい」内容ではありません。それでも「音楽」が人々の心を自由にする、、、そんな瞬間です。
 
アンディはこのことから、罰として2週間の穴蔵行きを命じられるのですが、そこから出てきたアンディに対して、同情をこめて周囲が言います。「2週間も閉じ込められてまで、あんなことをする価値があったのか」、と。しかしアンディは「今までで一番楽だった」と言います。心の中にモーツァルトがいたから、と。音楽は「希望」を忘れないためにも必要なんだ、というこの映画の核心に迫る話をします。

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以下の動画は実際のオペラの場面ですね。「ショーシャンクの空に」にこの曲を選んだ人は天才やと思います。

posted by Q at 17:56| Comment(0) | 歌劇・声楽曲 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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